列車の中のマダム

Plano: 〔de Bordeaux(St Jeaan, Francujo) <TGV8505(10:25)> al Irun (Hispanujo) (12:55)〕
Realo: 〔de Bordeaux(St Jeaan, Francujo) <Train=8543, Voiture=11, Place Assise=36, fenestre> al Irun (Hispanujo) (21:25)〕
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 外国のほとんどの国では、日本のようにホームと列車への乗り口とが同じ位の高さに成っていない。つまり地面から重たい旅行カバンを1mほど持ち上げながら、乗り込まなければならない。身体の小さな日本人には大変だ。やっと乗り込んだ私の指定座席には先客がいた。

 私より少し年配に見える女性だ。乗り口の直ぐ近くの2人掛けの座席だ。窓側が私の切符に記載されている座席だ。「パルドーノン(エス語で「すみません」)」と云って、自分の座席指定券を見せながら、「ユア チケット プリーズ」と云って見たが通じる様子も無い。

 ところが私たちと向かい合った独り掛けの座席のマダムが、彼女に何か話しかけた。フランス語か、それともスペイン語か。女性が取り出したものは手書きの切符だ。「ネ グラーバス(そのままでいいよ)」と私は云って通路側の席に座った。旅行カバンを置く上棚などないので、そのまま立てかけて置いた。

 やがて車掌が来て先ず私の切符を確認した。そして女性の乗車券を手にとった。女性にひと言何か訊ねた後、何もなかったように去って行った。これは私の想像だが、どうも社員やその家族などが利用出来る優待切符のように思えた。

 向こうの座席に座っているマダムは、洒落た帽子にレース調の七分袖の上服とズボン。靴は編み上げのローヒール。太目のレンズの眼鏡を掛けている。服装の色は全て黒。大きめのバックルと幅広のチェーンベルトだけがメタリックで光っていた。

 まるで小柄のソフィア・ローレンみだいだ。相当の力が要るはずなのに、手に持った胡桃割り器で、いとも簡単に殻を破る。膝の上のバッグから次々に取り出して良く食べる。私の横の女性にも割った胡桃を幾つかくれた。眺めている私にも、とうとう2つほど割ってくれた。「ダンコン(ありがとう)」とお礼を言った。

 するとマダムは「ジャパニーズ?」と英語で訊ねた。私が「イェス」と答えたら、「英語を話すのか」ときくので、「ノー。フユー ワーズ」と答えた。私が使っているのは国際語エスペラントで、2ヵ月間のヨーロッパ旅行を始めたばかりだ」とエス語で話し、「インターナショナル ランゲージ エスペラント」「トゥ マンス イン ヨーロップ」と英語の単語を並べただけの下手な会話を始めた。訪問予定の国名を教えると驚いていた。

 「何処まで行くのか」ときくので、「イルン(Irun)」と答え、「ホテル イン イルン、ok?」と訊いてみると、「知らない、イルンは小さな町だ」「ないだろう」とが返ってきた。

 「キエ エスタス ビア ウルボ(あなたの街はどこ?)」と云っておいて、「ホエア ユア タウン?」ときくと、イルンのひとつ先の街サン・セバスチャン(San Sebastian)だという。だが、イルンのひとつ前の駅エンダイ(Hendaye)に自家用車を駐車しているので、そこで降りて走れば15分で自宅へ着くのだという。サン・セバスチャンは大きくて綺麗で素敵な街だと自慢した。途中で停車する駅では、ときどきホームに降りて煙草を吸っていた。

  暫くして私は、リュックから干梅干を取り出し、マダムと横の席の彼女に2つずつあげた。マダムが「何か」というので「セキギータ ウメ(干梅干)」だと云ったら、マダムはウメを知っていて、健康にも良いと口に入れた。私の横の女性は、口に入れるなり顔をしかめて吐き出した。

 マダムは私に職業をたずねたので、「今は働いていない」と答え、「彼女の仕事は何か」と英単語を並べて訪ねると、ドレスショップだという。「オーナー?」ときけば「そうだ」と答えた。マダムの洒落た服装は、そうだったのかと理解できた。「オートクチュール?」と訪ねると、「そうだ」と答え、「日本のモダンなドレスは良い」と云い、「ターゲットは日本だ」と云ってマダムは朗らかに笑った。

 もう列者の外は薄暗くなっている。横の女性もマダムも降りていった。やがてイルンに到着した。