賑やかな歓迎会

 午前中までここに滞在していたY氏とFさんは、午後になると直ぐにJ氏の車で出て行った。八月の中ごろに、アムステルダム(オランダ)へ行くので、世界エスペラント協会本部を訪ねるつもりだと言ったら、待っているからとY氏は笑顔で答えた。

 寝ている途中でJ氏婦人のHさんが、私の様子を見に部屋へ来てくれた。2〜3時間寝ただろうか、少しスッキリしたので、庭へ出てみると、エスペラントの仲間が三々五々と集まって来た。
 J氏の話では、皆がこの場所に集まるのは、初めてのことだという。午前中に家の前の道路脇に大きな緑星旗を掲げておいたのは、そのための目印だった。太陽も西側に傾き始めており、暑さも盛りを過ぎていた。

 18時過ぎて歓迎会は始まった。皆自家用車に分乗してやって来たのだ。料理も幾人かが持ち寄り、勿論Hさんも自宅で作って持ってきてくれた。10数名も集まると賑やかでいい。簡単に、挨拶代わりに私の旅行について紹介し、少しばかり自己紹介もした。

 集まった人の中に、数年前に日本旅行をし、四国で長く滞在して、阿波踊りも体験した男性がいた。彼は阿波踊りの「外国人賞」を貰ったと話してくれた。そう言えば日本のエスペラント機関誌で彼の記事を読んだ記憶がある。

 賑やかで話し好きの人たちに話題は尽きない。歌の冊子も準備されていて、皆で数曲歌った。私が知っているメロディーもあったので、一緒に歌った。歓迎会は薄暗くなるまで続いた。
 さすがに月が出ると肌寒くなる。J氏の話では、冬は−35℃にもなり、夏は30度にもなるという。私の住んでいる町では、想像できない気温の差だ。

 明日の午後は、最近農園を買って、敷地に家を建てて住んでいる仲間のところへ行く計画が決まり、明日の約束をして分かれた。今晩は私ひとりが、この建物に泊まることとなった。

 私の身体を心配してくれたHさんには、私が体調を崩したのは、蒸し暑い天候のせいでもあるが、埃に敏感な持病の喘息のせいでもあることを話した。
 すると彼女も喘息の経験があり、自宅で寝ないかと誘ってくれだか、重たい旅行カバンを持って移動するのも大変だし、ここに泊まるからと、お礼を言って断わった。

 シャワーを浴び、冷蔵庫に入れてあったジュースを飲み、私のために用意してくれたガス無し水を貰って大部屋へ戻った。夜風が時々吹いたので、窓を少し開けて寝た。