ホテルを探して

 トリノ駅に着き列車を降りて、乗客の最後から歩いたが、見渡しても私に近づいて来る人はいなかった。5〜6分経ってから、近くにひとりで立っている男性に「サるートン(こんにちは)」と声を掛けたが通じない。更に10分ほど経ってから、受入者のC氏へ電話した。

 電話ボックスが数個並んだ通路へ行って電話機を見ると、当然ながらイタリア語で書かれていて電話の掛け方など知らない。旅行カバンを電話ボックスの中に引っ張り込んで、近くを通る手ぶらの男性を捉まえ、「ヘるプ ミィ(助けてください)」と声を掛けて肩を叩いた。

 手に持った日程表の中のC氏の電話番号を指で示して、「アィ ウォントゥ ドゥ テレフォン」と英単語を並べた。中年の男性がボックスに入り、1ユーロを出せと言うので、小銭入れのフタを開いて彼に差し出すと、硬貨を1つ摘まんで電話機に入れた。私の日程表を覗き込みながらダイヤルし、発信音が聞こえたら受話器を私に渡した。
 電話の声に「C氏ですか」と訊ねると「そうだ」との返事。指でOKのサインをして、助けてくれた男性へ「コーラン ダンコン(本当にありがとう)」と言ったら、親指を立てて笑顔でボックスを出て行った。

 C氏の説明では、後でG氏がホテルに行くから、トリノ駅前の大通りへ出て、自分ひとりでホテルへ行け、歩いて10分足らずだという。詳しい道順などわからないが、ホテルの住所を出発前に教えてもらっていた。仕方がない。とりあえず駅を出て何処かで誰かに道を聞こうと腹を決めた。

 大通りを少し歩いたら大きなホテルの前に出た。10分ほどで行けるのならば、ここからそう遠くない場所だ。そうだ同じホテル業、住所さえ見れば、私の探すホテルは直ぐに分かるはずだと推測した。

 ホテルの自動ドアを入ると立派な受付カウンターがあり、背の高いホテルマンが2人いた。ここでも私の第一声は「サるートン」、そして「ヘるプ ミィ」。「ミィ デジーラス イリィ アる チ ろーコ」と住所書きを示す。

 英語は話せるかと言われて、「アィ ウォントゥ ゴウ トゥ ジス アドレス」と英語の出来ない私は、また英単語を並べた。2人には残念ながら通じなかった。
 3人目のホテルマンが拡大地図を持ってきた。そして、前の大通りをまっすぐ進み、2つ目の角で右に曲がれ、その付近だと教えてくれた。そこで通行人に聞こう。礼を言って外へ出た。

 大きな大理石の円柱が並んだ大通りを、2つ目の角まで来たが通行人が来ない。角を曲がって10mほど進み誰かを捉まえることにした。
 一人目の年配の女性は助けにならなかった。二人目の若い女性が軽装でやってきた。きっと地元の人かも知れない。住所書きを見せて訊ねると、この付近に間違いないという。
 少し一緒に歩いてくれ、あなたの探す番地はこの道の向こう側の、大きな扉の建物だと教えてくれた。門の上には小さなペンションの看板が見えた、勿論お礼を言って手を振ると、彼女も手を振って大通りの方へ歩いて行った。